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2017年7月

夜型から朝方の生活に

6月の末に泉ヶ岳の7合目あたりに位置する水神までの軽登山に参加して足が弱くなっていることにショックを受けました。泉ヶ岳は1100メートルほどの山、それも頂上でもない場所までの登山に疲れてその日は9時ごろバタンキューで布団に入ったのです。

原因の一つとして犬の花の足がめっきり弱くなり、毎日の散歩もスローになり、我が家の周りを一周する程度の短さになったことがあげられます。時間にして10分~15分ほどの短さですから足が弱くなるのも当然でした。

これではいけないと一念発起し、暑さを避け5時から6時の間に隣の団地にあるしょうたん沼まで散歩することにしました。夜型人間の私ですが、例年になく暑い日が続いていていやでも朝の目覚めが早くなっていることにも背中をおされる形になり、40分前後の散歩が3週間近く続いています。時にはもとの寝坊に戻り6時ごろ出かけることもありますが、どうやら朝方の生活が定着しつつあります。花の散歩は帰ってから簡単に済ませています。

散歩の楽しみは、1年中沼に住んでいる白鳥に出会えることです。

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羽を痛めた白鳥が5~6年前までは10羽ほどいましたが、年々少なくなっていて、今は2羽だけになってしまいました。

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沼の周りにはねむの木が群生するように咲いていてそれも目を楽しませてくれます。


朝の目覚めが早くなると必然的に夕食後は睡魔との戦いになり10時を待たずに倒れこむよう

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に布団に入る日が続いています。毎日の暑さにも早くも夏バテ気味です。

東北はまだ梅雨が明けていないのにと、梅雨明け後に待ち構えている暑さを思うとため息が出ます。でも、九州北部の水害で避難所暮らしの方たちのことを思うと暑さに文句は言えないですね。

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 妹はいま

妹の発病から40日が過ぎ混乱と希望のはざまで揺れ動いた思いは少しずつ落ち着いてきました。

記憶を失うという後遺症は残りましたが妹は元気で生きています。

それが大きな希望になっています。

家庭復帰にに向けてリハビリ専門の病院にいます。

4人姉妹の中で一番料理が好きで妹の家をたずれると、

畑で育てた野菜であれこれとご馳走してくれた妹が、包丁の使い方から野菜の切り方などを練習しています。

悲しくて信じられない現実です。

入院後、義弟から見舞いを控えてほしいといわれ、やっと面会できたのは1ヶ月後でした。

お医者さんがびっくりするほどの回復を見せ始めた時で、

嬉しいことに顔を見た途端。サッ子ちゃんと(私の名前)を読んでくれ涙が出るほどうれしかったです。

会話もできました。でも翌日には忘れているのです。その繰り返しです。P1010128


でも私は今、その繰り返しの後に記憶がつながることを待っています。

妹の話し方は幼子のよう、どこか他人行儀なのがもどかしかったです。

記憶をなくした妹は、今、野菜や花など身近なものの名前や使い方をカードで習得したり、実際に行ったりしています。次の日には忘れているのですが、

                            (上の写真は6月末登ッた泉ヶ岳のものです。)

花を育てるのが好き、、野菜も庭続きの畑で1年分の野菜を育て遠くにいる親戚にも送るほどの腕前だったのに、わたしも遊びに行くたびにもらいました。

私たち姉妹や、義弟、川崎にいる姪は、これは夢であってほしいという思いを捨てきれずにいます。否応なく現実に向き合いながら、

災害や事故で一瞬にして大切な家族を失った人の痛みが我がこととして胸にこみ上げています。

PCで見ました。同じ病気を発病後、4年ほどして回復した人がいたとのこと、でもその人はリハビリの間の4年間の記憶はないとのことでした。

いまは、それでもいいから完全な回復に向かっていると信じて見守っていこうと思っています.

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2年前、妹の庭からやってきたホタルブクロが庭の片隅で咲いていました。

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