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2017年3月

6年目を迎えて

早いものであの大震災から6年が過ぎました。11日が近づくにつれTV、新聞等のマスコミは震災に関する番組が増え,いやでもあの日のことを思い出させられました。

当日はあの日を思わせるようなどんよりした寒さで1日が始まりました。NHKだけでなく民放も震災当日のあのショッキングな映像を流していて、TV人間の夫は本を見ながらチラッチラッと映像に目を向けています。

昼食の後も同じ状態、今日は自宅で黙とうと思っていたのですが、重苦しさに負けてチャンネルを変えてもらったのですが、番組が高倉健のリバイバルの映画で気がついたら2時45分はとうに過ぎていました。

仕方がなく、ひとり心の中で黙とうをし、気分を変えるために散歩に出かけました。

近くの雑木林に水仙が木の根元で咲いていて春を告げていました。

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おおくの震災関連のTVに、あの日のことがよみがえりました。

今年は、原発被害者の方たちの避難先でのショッキングなニュースや、正月に車で通り過ぎた浪江町の風景がついこの間のこととして思い出され、原発事故関連への関心が今までになく感じられます。

無人の部落や、街を車で通り過ぎた時の初めて体験する風景が頭から離れません。どんなに避難解除が進められても帰る人が少なくては復興が進んだことにはならないという思いを強く感じています。原発事故の終息は私が生きている間では解決しないでしょう。

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今の私にできることは、大変な痛みを経験した被災者の方たちが今も沢山いることを忘れないことと、福島の地場産の野菜、果物をできるだけ味わうことかなと思っています。

お店に出回っている農産物はすべて基準値を下回っていることをもっとアピールすべきではという思いも強く感じました。


あいかわらずどんよりした寒い日が続いていますが近くの崖に小さなフキノトウを見つけてP1080250_3

採ってきたのは4~5日前、あまりの小ささにもう少し大きくなってからと10個だけの収穫にとどめたのですが、今日行ってみたらなんと誰かに収穫されていてほとんどなくなっていました。coldsweats01

ふき味噌を作ろうと思ったのですが、仕方がないのでてんぷらにして小さな春を味わうことにしました。

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斎理屋敷のひな祭り

2月末の風の強い日、丸森町の斎理屋敷にひな祭りを見に出かけました。

丸森町までは車なら高速をつかえば1時間前後で行けるところですが、この日は月1回仙台の町を歩いた後ランチを楽しむメンバー4人での遠出ということで、各駅停車の東北本線に乗り20分ほどの駅で阿武隈線に乗りり変えてまた20分ほど、さらに駅から30分丸森町の中心街まで歩いての行程でついたときはもうお昼になっていました。

蔵の中のレストランでお腹を満たしてから見学にしました。

江戸後期から昭和20年までの豪商斎理屋敷に代々伝わるひな人形です。残念ながらピンボケになっています。こうなることを予想して3回取り直したのに全部ボケていました。coldsweats01

斎理屋敷という名称は豪商斎藤家の代々の当主が理助を名乗ったことでこう呼ばれるようになったということです。7代目の当主に子供がいなかったことと戦後の農地解放で耕作地を無くしたことが重なりたくさんあった蔵と母屋、お店を町に寄付し、仙台に移り住みました。

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前にはなかったつるし雛も両脇に飾られていていっそう華やかになっていました。

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屋敷内にある各蔵にもつるし雛とひな人形が飾られていましたが、ほとんどは斎理屋敷として丸森町の博物館になってから寄贈されたものということでした。

こちらも写真がボケていますがひな人形が新しいだけに一層華やかになっていました。

新しいひな人形のほとんどは男雛と女雛が代々伝わるひな人形と向きが反対になっていることで寄贈されたものとすぐわかりました。

この日から数日過ぎたひな祭りの日、春を告げるように我が家の庭に福寿草が咲いてを見つけました。

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