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2016年6月

おかれた場所で咲きなさいを読んで

P1070836今日は山に行くはずが、あいにくの天気で中止に、夫はお仲間との麻雀で市内に出かけ夕方まで帰りません。

思いがけなく空いた時間に夫が出かけた後どう過ごそうとボーッとしていましたが、それまで降り続いた雨がやみ、庭に出てみました。夫が佐渡土産に買ってきた自称7佐渡のユリが元気に咲いています。株も増えてきました。

玄関わきにはカワラナデシコが可憐に咲いています。

P1070842_2さて,今日は何をして過ごそうかなと部屋に戻ると、半月ほど前 本屋さんで見かけて買ってきた、渡辺和子さん著書の「おかれた場所で咲きなさい」が目に留まりました。渡辺和子さんの名前をどこかで聞いたことがあるようなうろ覚えの記憶も手伝い買い求め、さっそく読み始めたのですが途中まで読んでそれっきりになっていた本です。

今日は最後まで本を読むことにしようと早速読み始めました。

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はがきより一回り大きめの大きさでページも200ページ足らずですし、半分まで読んでいた本なので1時間足らずで読み終わりました。

クリスチャンで、修道女でもあった渡辺さんは、思いがけなく30代半ばで岡山の清心女子大の学長に任命され、それ以来学長として、今は理事として走り続けた人生を過ごされてきました。本には渡辺さんのクリスチャンならではの言葉が文章の隅々に輝いているような内容で、4年間ベストセラーとして多くの人に読み継がれてきただけのことがあります。

クリスチャンとして教育者として常にトップの座にいた渡辺さんは忙しさとその使命の大きさから50代の時2年間もうつをわずらったとあります。渡辺さんのようなトップに立つ人でもと意外でもあり人間らしい親しみを覚えました。そのことを神様から与えられた試練とさらりとい受け止めているのもクリスチャンならではの言葉なのでしょう。

私自身、タイトルのように、どうしたら、おかれた場所で花を咲かせられるか見当もつきませんが、渡辺さんはそのような時は地中に深く根を張り咲く時期に備えていなさいという意味のことを書いています。年々老いていくことに不安を感じることが多くなっている今の私には大きな励ましの言葉に響きました。

読み終わってからまだしずくの残っている庭の片隅のハーブ類を、主にミントとレモンバァ―ムを数本ずつ残して 整理しました。雑草のようなたくましさのあるハーブです。雑草として捨てるのは惜しいので一部をお茶にして疲れた目を休ませることにしました。

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時にはこんなお茶もいいものと思いながら、梅雨のひと時を過ごしました。九州では梅雨前線からくる大雨で土砂崩れが犠牲者も出ています。九州に集中するかのような今年の梅雨前線、早く治まってほしいと願わずにはいられません。

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わかれと旅立ちと

P1070738_26月に入って3日目のあけがたというより真夜中の2時の電話で次兄の死を知らされ、とるものもとりあえず肺炎で入院していた病院に向かいました。dash

兄の死の2日後には、昨年亡くなった義兄の1周忌があり、その日から数日は精神的にも体力的にも忙しい日々でした。

6歳違いの次兄は、人生の半分を盲人として生きた人でした。30代の初めにベェーチット病という90パーセント以上の確率で失明するという難病に侵され、受け入れがたい宣告に一時はパニックに陥ったこともあったようですが、それまでの10年間の横浜での生活に別れを告げ、義姉の故郷である松島に戻ったのはそれから1年後、松島に住んでからも、盲人としての人生を受け入れがたい時間を過ごした後、、一回り以上若い人たちと盲学校で鍼灸師の勉強をし、松島の片隅で鍼灸師として生きてきた、私からみると、どうしてこうまで頑張れるのだろうというくらい精神的に強い兄でした。兄の病気は、私たち兄弟にとっても受け入れがたい現実でしたが、時間とともにその現実を受け入れ、穏やかに最期を迎えてくれると信じて疑いませんでした。

cherrycherrycherry現実は容赦のない厳しいもので、おととしの秋、義姉が認知症みたいだという☎に半信半疑で様子を見ながら遊びに行きましたが、私たち素人には判断がつくはずもなく、松島に住む義姉の弟さん夫婦に相談し、検査を受けてもらうことになったところで、兄は脳出血でたおれ、3か月近い入院生活の後、退院した時は義姉の認知症に加え兄も記憶障害をはじめとする認知症と、てんかんという脳の病気も発症していることがわかりました。子供に恵まれなかった兄夫婦はそれからは、義姉の弟さん夫婦、隣町に住む妹夫婦、、実家の甥夫婦のサポートで数ヶ月を過ごした後、兄は近くの施設に、義姉は自宅での生活になりました。

おととしの暮れの長兄との別れ、、昨年6月の義兄との別れに続いて3年続けての兄弟の死は、穴が開いたような寂しさです。できることなら、生きている間、短い時間でもいいから視力を取り戻してほしかったという思いが残っています。義姉の肩に手をおきゆっくりと歩いていた兄夫婦の二人三脚を地で行くような光景が懐かしく目に浮かびます。

五月の末、、一緒に暮らしてきた三男に北海道の帯広で働く話が持ち上がり、あれよあれよという間に現実のものになり今週中に帯広に立つことになりました。horsehorsehorse

北海道、帯広、寒い、というイメージが強い私は、なんで帯広なのという思いで準備に追われている息子の背中を見ています。これからは私たち高齢夫婦に、1日ごとに老化を増してきて、ゆっくりしか歩けなくなった犬の花との静かな生活が始まります。P1070796
 末っ子で幼いときぜんそくで体が弱かったため甘やかし、わがままにそだててしまったつけを感じることが多かった息子、北の大地での生活は大人になるためのいい機会と受け止め送り出すlことにしようと受け止めることにしました。

息子も30歳をすぎ、大人になるためには、むしろ遅い旅立ちといえるのでしょう。

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